1. 伝える技術とは
技術伝承は多くの企業で取り組んでいるもの思うように進んでいないのが実態である。事業継続の課題でもあるにも関わらず、目先の課題を優先し効率的な進め方ができていないのである。技術を整理・体系化し伝えていくためには、多くの時間と投資が必要なうえ、整理・体系化そのものの投資対効果が不透明なため、技術伝承が先送りされているのである。ここでいう技術とは、人が行う方法や手段など客観的に表現できる道具や知識の体系で組織や社会に帰属しているものと考える。一方、技能という考え方もある。技能とは人が行う働きや動きなど主観的なもので、人を介在することでのみ伝承ができ、個人がもつ能力で個人に帰属するものと定義している。人間の行動や考えには、この技術と技能が混在しており、その多くが暗黙知の状態(ブラックボックス状態)となっている。
平成の次の時代へ伝えるには、この暗黙知の状態から形式知化された共有知として伝える場合と、暗黙知の状態で属人的に伝える場合が考えられる。いずれにしても、暗黙知を可視化し形式知可能な技術と暗黙知状態の技能に識別したうえで、形式知可能な技術は再現可能な形に標準化しておかないと共有知としての伝え方はできない。また伝える必要のある技術には、古くから存在していた技術以外に新しく生まれてきている技術も存在している。例えば、航空宇宙関係では、ペンシルロケットから50年以上の歴史があり、現在も新しい技術が生まれ続けている。しかし定年退職や人間の寿命があるため50年以上に渡って技術者として貢献し続けるには限度があり、新しく生まれる技術でも整理・体系化しておかないと古い技術と同じように失われる危機に瀕している。
このように次世代へ技術を伝えるには暗黙知状態から如何に可視化(識別と形式知化)していくかということと、技術者個人が属人的に保有している技術に如何に対応するかという双方の観点から考える必要がある。
2. 技術者の課題
技術伝承がうまく進んでいない背景には、技術者自身による課題も存在しているのだが、技術者自身がこの課題を認識していないケースが多い。知性を追求し、他と異なる独自のものを作り出したいというような技術者特有の気質の存在や組織で技術を考えることが少ないことが影響していると思われる。このような技術者を取り巻く技術伝承の課題を整理すると図1のように表すことができる
- ICTなどを通じて提供される情報は全て正しいという思い込みがあり、現場での感覚や気づきを無視する傾向があるのだ、本来は、「現場では何かが起きる可能性がある」という意識の元で現場に出向いていく必要があるのだ。
- 伝承者が次世代へ伝えたい情報は、継承する側にとって必要な情報とは限らない。伝えたい情報は、継承者が知りたい情報ではないということもあり得る。そのため継承者側に立ち何が必要な情報かを見極めることも重要となる。
- 分業化の進展で伝承者と継承者が一緒に作業する機会が少なく、伝えたくとも伝える機会がないケースもある。そのような伝える側をサポートする体制も必要だ。
- 技術を習得する場合、類似経験の有無が習得スピードに大きく影響するが、そのような背景を無視し一律の教え方を行っているケースが多い。本来は類似経験の有無により、教え方や教える内容を変えていくべきなのである。
- 継承者のモチベーションも伝承スピードに大きく影響するが、継承者に対するモチベーション向上対策がとられていない。例えば、キャリアパスなどを示し将来の目指す姿を示してあげることも重要となる。
平成の次の時代へ技術を伝えるためには、これら技術者に関わる課題を認識したうえで、組織として技術を伝えていくためには何が必要かを考えることが重要である。
3. 技術を伝えるために必要なこと
技術を伝える場合、まず暗黙知の状態から技術を識別するが、暗黙知状態から顕在化・表出されている部分と潜在化している状態を可視化することから進める必要がある、顕在化・表出している技術とは、言語・数式・フローなどで表現可能な情報である。潜在化した暗黙知状態の技術とは、技術者が頭の中で考えている思考プロセスなどであり、INPUTとOUTPUT以外は全てブラックボックスとなっている情報である。これを可視化するには、制約や前提条件の元で技術者が悩み、どのように意思決定したかという技術者の思考プロセスとその判断材料を可視化する必要がある。そのうえでその思考プロセスを標準化しないと共有(ナレッジマネジメント化)することはできない。
顕在化している技術を伝える方法には、整理体系化した知識や情報を集合教育で伝えたり、またマニュアル化し言語として伝えたりする方法、さらに再現性を高めた作業を自動化や機械化して伝える方法がある。潜在化している技術を伝えるための方法としては、OJTで伝える方法が一般的だが、それらを物語として考えるという方法もある。技術者が考えた全ての思考プロセスを物語として描くことで、継承者は類似経験と同じような知識を積むことができるようになる。この方法は潜在化した技術を伝える際に有効な方法ではあるが、全ての技術を物語化するには限界があり、また読み手に文化や習慣などの共通の土台がないと、思った通りに伝えることは難しい。
このように技術を伝えるためには、技術者の思考プロセスをいかに可視化し形式知化していくか、また技術者の中に潜在化している技能を如何に効率的に伝えていくかが求められる。
4. 正しく伝わったということ
次世代へ正しく技術を伝えることができたか否かの判断は、継承された者が伝える側と同じ条件で同じ考えのもとで行動し、同じ結果を得られるのであれば、正しく伝わっていることになる。しかしどんな作業でも環境や条件が違えば、進め方やアウトプットも違ってくる。また伝承者によっては、自分独自のやり方を生み出しているケースが多く、そのような場合、伝承者により教わることが異なるため継承者が混乱する場合が多く見られる。そのようなことにならないためには、熟練者による違いを認識・共有したうえで作業を標準化し、熟練者の勘や経験などのあいまいな部分を定量化する。そうすることで初めて、継承者に評価可能な内容を伝達することができ、また正しく伝わったか否かを判断することができる。そのような基準がない状態で、正しく伝わったか否かを判断する場合、恣意的・感覚的にならざるを得ない。正しく伝わったか否かも判断が難しくなるため、基準となる状態を可能な限り定量的に整備しておくことが正しく伝えるためには特に重要となるのだ。
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