種々の機械部品や自動車部品によく使われている機械構造用鋼は、一般には焼入れによって硬質のマルテンサイト組織にした後、焼戻しして、じん性の優れたソルバイト組織の状態で用いられています。焼入れしたときが最も硬いものが得られますが、そのままでは極端に脆いので必ず焼戻しされており、焼戻条件(主に加熱温度と加熱時間)によって硬さや機械的性質が調整されています。
一例として、図1に種々の条件で焼戻ししたSCM435(クロムモリブデン鋼)の金属組織(SEM像)を示します。焼入れマルテンサイトを100~200℃で焼戻しすると、遷移炭化物であるε炭化物(Fe2-2.5C)が析出しますが、一般の光学顕微鏡(OM)や走査型電子顕微鏡(SEM)では観察が困難です。焼戻温度が350℃になれば、微細な針状の炭化物の析出が確認できるようになりますが、この付近の温度で焼戻しを行うとぜい化しますから、多くの機械部品にはそれよりも高温(500~700℃)での焼戻しが適用されています。例えば、600℃で焼戻しを施すと、図からも明らかなように微粒子状のセメンタイト(Fe3C)が多量に析出し、700℃で長時間焼戻した際に析出した炭化物は球状を呈しており、いずれもじん性の優れた様相を呈しています。

図1:種々の条件で焼戻ししたSCM435の金属組織(SEN像)