1. 教え合う環境の崩壊
我が国の高度成長期には、小集団活動に代表されるような通常業務や改善活動などを通じ先輩や同僚から自然と教え合う環境ができていた。しかし欧米型のビジネススタイルを取り入れた事により、終身雇用や年功序列の崩壊、また能力主義に代表される個人評価に重点が置かれるようになっていった。そのような働き方や労働意識の変化の結果、評価の対象となる能力やノウハウなどを共有化することが少なくなったのだ。このようなことから、本来は意識せずに行える伝承に高い障壁ができてきたのである。
また少子化の影響で業務効率化が進み、また分業化も進展し新入社員なども教育期間が終了すると一人で仕事を任されるようになっている。従来は、先輩とペアとなり仕事をこなしてきたものが、自分一人で作業するようになったのである。その結果、世代間でコミュニケーションをとる機会が減り、コミュニケーションギャップが生まれた。さらに伝承者と継承者の会話がスムーズに行えないため、伝承者自身がどのように伝えていいのか進め方が分からなくなっているのだ。
たとえば、2007年当時先進的な企業として取り上げられた企業でも同様の課題を抱えている。伝承者はすべてを伝えたい。継承者はすべてを同時には受け入れられない。そうなると伝承推進者が、伝承すべき技術や技能を識別すべきなのだが、その方法が分からないなどさまざまな場面で問題を抱えて現在に至っている。
2. 投資対効果が分かりづらい
一般的に技術・技能伝承は、OJTなどでノウハウを継承する人材育成の側面とナレッジマネジメントに代表されるような技術・知識・ノウハウの蓄積という側面から行なわれることが多い。しかしこのような観点で行なった場合、投資対効果が分かりづらいため、目先の利益や事業を優先することになりやすい。その結果、技術・技能伝承を長期的に捉えることとなり、技術・技能伝承が先送りされる原因にもなっている。
また技術・技能伝承を進めようとしても技術・技能伝承サイクルが分断し、技術や技能の伝承やレベルアップができない状態となっている。技術・技能伝承は、①伝承業務の特定(絞り込み)、②カンコツなど熟練作業の抽出と整理、③伝承作業のスキル評価、④個人別伝承計画作成、⑤OJT/SJTによる伝承、⑥創意工夫と共有というサイクルを回し続けることが重要となるのだが、どこかでサイクルが分断しているとそれ以上の伝承活動が不可能となる。技術・技能伝承を効果的に進めるためには、企業の経営者や管理者が意識してこのサイクルを回し続けるように指導するべきなのだが、目先の事業を優先するあまり伝承活動がおろそかになっているのだ。技術・技能伝承は取り組み方により数年かかるケースもあり、伝承の遅れは事業機会の喪失にもつながる。自ら事業の寿命を縮めていっているといっても過言ではない。
3. 付加価値を生む技術やノウハウを識別できない
技術・技能伝承を行なう場合、伝承すべき技術やノウハウを特定すべきなのだが、その絞り込みの方法が周知されていないことも伝承が進まない要因のひとつとなっている。一般的には、会社全体で技術・技能マップや知識体系化を行ない、組織や個人別の育成計画を中期長期観点で作成し、OJTなどで具体的な伝承活動を行なっていくことになる。しかしこの方法では、技術・技能マップや体系化だけでも数年を要するケースもあり、非常に長い実施期間と人・物・金すべての投資が必要となり、伝承推進の弊害となっている。
技術・技能伝承をスムーズに進めるには、会社全体で進めるだけでなく、工場や工場内の各職場で個別に進められるような伝承ツールが求められる。また技術・技能伝承を行なう場合、会社や事業全体を意識しがちであるが、本来業務を推進する中で行なうべきなので、すべてを対象にする必要はない。技術やノウハウの優先度を、事業への影響度(売上や利益)や人材の保有ノウハウの状況などから評価して優先度を決定するのだ。
また具体的な技術・技能伝承では、暗黙知である業務の可視化を行なうことからスタートする。そのため簡単に技術・技能伝承を進められるツールとして、図2のような暗黙知の可視化ナレッジを整備した。誌面の関係で詳細は省略するが、動画や作業マニュアルなどを元に熟練者と若手が一緒に作業分解を行なう。作業プロセス毎に要素作業(能力)を抽出したうえで熟練作業を特定し、作業改善や伝承を進めていく手法である。作業分解自体は二時間もあれば十分実施可能なので、ぜひ取り組んで見て頂きたい。継承者が不在な状態でもこの手法により熟練者退職に備えておけば、継承者ができた場合に作業分解結果を手がかりに習得・工夫することも可能となる。
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