1. あるべき技術・技能の伝え方
ICTの急激な進展に伴い次々と新たなビジネスが生まれ、またわれわれの社会生活や働き方も大きく変化する、いわゆる大変革時代において技術・技能伝承はどのような観点で取り組むべきなのか。通常行なわれている技術・技能伝承は、図3の縦軸のように特定の人物に対する「人材育成」、また「知識やナレッジの共有化・蓄積」を通じて幅広い人物に伝えるというのが一般的である。
しかしこの方法だと投資対効果が見えないばかりか、達成までに非常に長い期間が必要となる。そのため人材育成、知識やナレッジの共有化・蓄積として対応する方法では、大変革時代の少子高齢社会では対応できないと考えている。
大変革時代の少子高齢社会に対応したあるべき伝え方は、図3の横軸のように「事業継続」や「生産性向上」の一環として取り組むことが必要だ。少子高齢社会でも継続的に生産性を向上し付加価値を向上していく必要があるため、通常業務の中で一般的に行われている作業改善を通じて伝えていくのだ。生産性向上の一環として本来の通常業務の中で、意識せずに暗黙知の可視化を行ない、技術を伝えていくのである。さらにそれらの取り組みの結果は事業への貢献度も明らかであるため、投資も比較的に投入しやすくなる。このようなあるべき姿に向けて、組織の役員や管理職が中心となり通常業務のなかで情報を共有する仕組みを作り、また組織バランスに応じた技術やノウハウの体系的整理を行い、組織的に技術や技能を伝えていく必要があるのだ。
2. 教え合う環境を創る
通常業務の中で伝えていくもうひとつの方法として、職場内で教え合う環境を創るという方法もある。技術・技能伝承の実態アンケートによると、伝承がうまくいっているケースの大部分では職場内で自然と先輩から後輩・同僚に教え合う環境が作られていたのである。職場の管理職の役割や想いに因るところが大きいが、そのような教え合う環境を職場内で意図的に創っておければ、暗黙知の可視化や形式知化を行なう必要性もなくなり、伝えるということを意識して行動する必要はなくなるのだ。管理職による日々の意識的な実践の積み重ねが非常に重要となる。
また教え合う環境のひとつの方法としてAAR(After Action Review、振り返り会)という方法もある。アメリカ陸軍が考案した手法だが、身近なところではアメフトやバスケットなどの試合後にホワイトボードを使用した振り返りによく見られるやり方である。多くの企業でも活用されており、事故やトラブルなどが発生した際に、関係者全員が集まり、「なぜそのようなことになったのか」「本来どうあるべきだったのか」といった観点で気づきを抽出・共有し、「今後どうすべきか」という改善案を全員合意の上で検討していくものである。反省会ではないので犯人捜しや個人攻撃を行なわず、全員で情報を共有していくことを主眼に置かれている。日々の気づきを共有知として整理しておくもので、成果も大きいためぜひ実践してみてほしい。
3. ものづくりDNAの継承
日本には昔から伝統を大切にする文化が引き継がれている。世界に類をみない1000年以上の歴史がある長寿企業が多いのもそのような伝統を大切にする我が国の文化の結果であろう。つまりわれわれ日本には、先代や先々代が苦労して作り上げた技術・ノウハウを大切に守り、後世へより良くして伝えるという文化が根付いているのである。先代などが決めた品質やサービスなどのルールに対して、当たり前のこととして、こだわって実践していくことが日本企業の強みになっているのだ。
このようなものづくりDNAを伝えるポイントは、コアの技術・ノウハウを見極めることであり、そのことが日本企業のポテンシャルを高めるカギとなる。そのうえで「何を伝えていくのか」、「いかに伝えるか」だけではなく「新しく何を創り出していくか」ということを念頭において、ものづくりDNAの継承に取り組めば日本企業、ひいては日本のものづくりのポテンシャルはますます高まっていくと思われる。ものづくりに携わるすべての関係者に心がけていってほしい。またこのようなものづくりのDNAを、平成の次の世代へも伝えていってほしいものである。
以上
参考文献
1)野中帝二、「技術の伝え方 平成の次の時代に向けて」、機械の研究2018年10月号 VOL.70 №10
2)野中帝二、「失敗しない技術・技能伝承メソッド」、工場管理2018 Vol.64 No.4
3)野中帝二、「日本の強みを活かす技術・技能の革新と継承」、グローバルエッジ2015 Spring No.41
4)野中帝二・安部純一、「組織における知の継承」、特技懇 2013Jan.No268
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